思ひ出でてとふ言の葉を誰見まし
身の白雲となりなましかば
- 歌の意味
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思い出して見舞ってくれたその言葉を、誰が見ただろうか。もし私の身が白雲となって消えてしまっていたなら。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌二 1151
詞書「男の病しけるを、とぶらはでありありて、止み方にとへりければ」
思い出して寄せてくれた見舞いの言葉を、誰が見ただろうか、もし私が白雲となっていたなら、と詠んだ歌である。病の間は見舞わず、治りかけてからようやく便りをよこした女に、死んでいたら誰も読まなかっただろうと皮肉をこめて応じている。
詞書によれば、男が病んでいたのを女が見舞わずにいて、治りかけたころに見舞ったので、男が詠んだ歌である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「思ひ出でて」は、思い出して、の意で、字余りとなっている。ようやく思い出したのかという皮肉がこもる。
二句「とふ言の葉を」は、見舞う言葉を、の意である。
三句「誰見まし」は、誰が見ただろうか、の意で、「まし」は反実仮想の助動詞である。ここで句切れとなる。
四句「身の白雲と」は、我が身が白雲と、の意で、火葬の煙が雲となることを思わせ、死を表している。
結句「なりなましかば」は、なってしまっていたならば、の意で、「ましかば〜まし」の反実仮想の形となり、三句と倒置になっている。
とぶらふ:見舞う
やみがた:病が治りかけるころ
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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限りなく思ふ心は筑波嶺の このもやいかがあらむとすらむ
- 次の歌
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忘れなむと思ふ心のつくからに 言の葉さへや言へばゆゆしき