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別れてはいつ逢ひ見むと思ふらん
限りある世の命ともなし

歌の意味
別れてしまったら、いつまた会えると思うのだろうか。限りのあるこの世の命は、それまでもつものとも思われない。
鑑賞
巻第十九 離別歌 1319

詞書「善祐法師の伊豆の国に流され侍りけるに」
 別れてはいつ逢えると思うのだろうか、限りある世の命とも思えない、と詠んだ歌である。伊豆へ流される僧との別れに、限りある命のうちに再会できるとは思えないと、二度と会えないかもしれない悲しみを詠んでいる。
 詞書によれば、善祐法師が伊豆の国へ流された時に詠んだ歌である。善祐法師の配流の詳しい事情は明らかでない。
 作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。

 初句「別れては」は、別れてしまったら、の意である。
 二句「いつ逢ひ見むと」は、いつまた会おうと、の意である。
 三句「思ふらん」は、思うのだろうか、の意で、「らん」は現在の推量を表す。ここで句切れとなる。
 四句「限りある世の」は、限りのあるこの世の、の意である。
 結句「命ともなし」は、命とも思われない、の意で、再会まで命がもつとは思えないことをいう。

あひみる:会う、対面する
作者
伊勢
出典
後撰和歌集
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