大荒木の森の下草茂りあひて
深くも夏のなりにけるかな
- 歌の意味
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大荒木の森の下草が茂り合って、夏もすっかり深くなったことだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 136
詞書「右大将定国四十賀に、内より屏風調じて賜ひけるに」
大荒木の森の下草が茂り合っているのを見て、夏がすっかり深まったことを感じる歌である。草の茂りの深さを夏の深まりに重ね、季節の進みを森の景でとらえている。詞書によれば、右大将藤原定国の四十の賀に、宮中から屏風を調えて下賜された折の歌である。
作者の「たたみね」は壬生忠岑である。古今和歌集の撰者の一人で、三十六歌仙に数えられる。壬生忠見の父である。
古今和歌集の「大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし」に詠まれた大荒木の森の下草を、夏の茂りとして詠み替えている。
初句「大荒木の」は、山城国の歌枕である大荒木の森をいい、字余りとなっている。
二句「森の下草」は、森の木々の下に生える草をいう。古今和歌集では老いの象徴として詠まれた下草を、本歌では夏の盛りの茂りとして詠んでいる。
三句「茂りあひて」は、互いに茂り合って、の意で、字余りとなっている。本巻の第百二十九首、第百三十首の夏山の茂りを受け、草木の茂りによって夏の深まりを示す。
四句「深くも夏の」は、草が深く茂ることと、夏が深まることを重ねた表現である。本巻の第百二十三首の深草山が名に草の深さを響かせたのと同じく、草の茂りと深さを結びつけている。
結句「なりにけるかな」は、なってしまったことよ、の意で、「にける」は完了の「ぬ」と詠嘆の「けり」が重なった形である。巻頭の第七十九首が蝉の羽の薄衣で夏の始まりを詠んだのに対し、本歌は茂り合う下草で夏の深まりを詠み、巻頭と巻末が夏の始めと終わりとして呼応している。
おほあらきのもり:山城国にあった森。歌枕
したくさ:木の下に生える草。下草
- 作者
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壬生忠岑
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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紅葉せばあかくなりなんをぐら山 秋待つほどの名にこそありけれ
- 次の歌
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夏衣まだ一重なるうたた寝に 心して吹け秋の初風