紫の色にはさくなむさしのの
草のゆかりと人もこそ見れ
- 歌の意味
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紫の色には咲くな。武蔵野の紫草のゆかりのものだと、人が見るといけないから。
- 鑑賞
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巻第七 物名 360
詞書「さくなむさ」
紫の色には咲くな、武蔵野の紫草のゆかりのものだと人が見るといけないからと、花に呼びかける歌である。紫草のゆかりという古歌の趣向を踏まえ、二句から三句にかけての「さくなむさ」の音の続きに、詞書の「さくなむさ」の名を隠している。詞書の「さくなむさ」は、この歌に詠み込まれた物の名である。
作者の「如覚法師」は藤原高光である。右大臣藤原師輔の子で、若くして出家し、比叡山の横川を経て多武峰に住んだ。三十六歌仙に数えられる。
古今和歌集の雑歌上のよみ人しらずの「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」以来、武蔵野の紫草のゆかりを詠むことが広まった。
初句「紫の」は、紫の、の意で、武蔵野の紫草を響かせている。
二句「色にはさくな」は、紫の色には咲くな、の意で、「な」は禁止の終助詞である。ここで句切れとなる。「さくな」と三句の頭の「むさ」とを続けて「さくなむさ」の名を隠している。
三句「むさしのの」は、紫草の名所である武蔵野の、の意である。
四句「草のゆかりと」は、紫草のゆかりのものだと、の意で、古今和歌集の「紫のひともとゆゑに」の歌を踏まえている。
結句「人もこそ見れ」は、人が見るといけない、の意で、「もこそ」は懸念を表し、係助詞「こそ」を受けて已然形「見れ」で結ぶ。
さくなむさ:石楠花の古名とされる。「咲くな武蔵野」の音の続きに隠して詠み込む
ゆかり:つながり。縁
むさしの:武蔵国の野。紫草の名所
- 作者
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藤原高光
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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濃き色がいつはた薄くうつろはむ 花に心もつけざらんかも
- 次の歌
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植ゑて見る君だに知らぬ花の名を 我しもつけんことのあやしさ