かくばかり経がたく見ゆる世の中に
うらやましくもすめる月かな
- 歌の意味
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これほどまでに生きていきにくく見えるこの世の中に、うらやましいことに澄みきって住んでいる月であることよ。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 435
詞書「法師にならんと思ひ立ち侍りける頃、月を見侍りて」
これほど生きにくく見える世の中に、うらやましくも澄みきって住んでいる月だと詠む歌である。詞書から、出家を思い立った頃に月を見て詠んだ歌とわかる。俗世を生きにくいと感じる作者が、濁りなく澄んで世に住む月をうらやむことで、出家へ向かう心を表している。前歌が月は憂き世の外を行くと詠んだのに対し、この歌は月が世の中に住みながら澄んでいると詠んでいる。
作者の「藤原たかみつ」は藤原高光である。右大臣藤原師輔の子で、若くして出家し、比叡山の横川を経て多武峰に住んだ。三十六歌仙に数えられる。
この歌は高光の代表作として知られ、後世の歌論書などにもたびたび引かれている。
初句「かくばかり」は、これほどまでに、の意である。
二句「経がたく見ゆる」は、生きて過ごしにくく見える、の意で、「経」は年月を過ごす意である。巻頭の第四百三十二首の初句「世に経るに」と同じく、世を過ごす身の思いを詠んでいる。
三句「世の中に」は、この世の中に、の意で、前歌の「憂き世の外」と対照をなしている。
四句「うらやましくも」は、うらやましいことに、の意で、出家を願う作者の心情が最も強く表れた句である。
結句「すめる月かな」は、澄んで住んでいる月であることよ、の意である。「すめる」は月の光が「澄む」意と、世に「住む」意を掛けた掛詞で、「かな」は詠嘆の終助詞である。
すむ:月の光が澄む意と、世の中に住む意を掛ける
ふ:経。年月を過ごす。この世に生きる
- 作者
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藤原高光
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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眺むるに物思ふ事の慰むは 月は憂き世の外よりや行く
- 次の歌
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有明の月の光を待つほどに 我が世のいたくふけにけるかな