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久方の天つ空なる月なれど
いづれの水に影宿るらん

歌の意味
遠い天の空にある月であるのに、いったいどこの水にその影を宿しているのだろうか。
鑑賞
巻第八 雑歌上 440

詞書は前の歌に続き「屏風の絵に」
 天の空にある月なのに、どこの水にその影を宿しているのだろうかと詠む歌である。前歌と同じく屏風の絵に添えた歌で、水面に映る月の絵を見て、空にある一つの月がどこの水にも映る不思議さを表している。ここから空の月が水に映る歌となり、本巻の第四百四十一首、第四百四十二首の水に宿る月、水に沈む月へと続いていく。
 作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、三十六歌仙に数えられる。

 初句「久方の」は、「天」を導く枕詞である。本巻の第四百三十三首の三句にも「久方の」が用いられている。
 二句「天つ空なる」は、天の空にある、の意で、「なる」は存在を表す助動詞「なり」の連体形である。
 三句「月なれど」は、月であるのに、の意で、逆接によって空の月と水の月とを対比している。
 四句「いづれの水に」は、どこの水に、の意である。
 結句「影宿るらん」は、影を宿しているのだろうか、の意で、「らん」は現在推量の助動詞である。月の影が水に宿るという表現は、次歌の初句「水底に宿る月」へ受け継がれている。

あまつそら:天の空
やどる:水面などに姿が映る
作者
凡河内躬恒
出典
拾遺和歌集
前の歌
常よりも照りまさるかな山の端の 紅葉を分けて出づる月影
次の歌
水底に宿る月だに浮かべるを 沈むや何の水屑なるらん