- 歌の意味
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大空は曇ってはいなかった。神無月なのに、時雨が降るような心地は、私ひとりだけがしているのだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 651
詞書は前の歌に続き「題しらず」
時雨の季節の神無月だが空は曇っておらず、時雨の降るような心地がしているのは自分ひとりだと詠む歌である。晴れた空と、涙にくれる自分の心とを対比し、恋の涙を時雨にたとえている。第六百八十八首の「時雨にも雨にもあらで」と、時雨を恋の涙と結びつける点で通い合う。
初句「大空は」は、大空は、の意である。
二句「曇らざりけり」は、曇ってはいなかったのだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「神無月」は、陰暦十月のことで、時雨の降る時節である。
四句「時雨心地は」は、時雨が降りそうな心地は、の意で、涙がこぼれそうな心持ちをいう。
結句「我のみぞする」は、私だけがしている、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「する」で結ぶ係り結びである。
かみなづき:神無月。陰暦十月
しぐれ:時雨。秋の末から冬の初めに降ったりやんだりする雨
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
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沢にのみ年は経ぬれど葦鶴の 心は雲の上にのみこそ
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忍ぶれどなほしひてこそおもほゆれ 恋といふものの身をし去らねば