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わびぬれば今はた同じ難波なる
みをつくしても逢はむとぞ思ふ

歌の意味
思い悩んでしまったのだから、今となってはもう同じことだ。難波にある澪標のように、この身を尽くしてでも、あなたに逢おうと思う。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 766

詞書「題しらず」
 恋の噂が立って思い悩んでいる今となっては、もはやどうなっても同じことだ、難波の澪標のように身を尽くしてでも逢おうと思うと詠む歌である。「みをつくし」に難波の海の水路の目印である「澪標」と「身を尽くし」を掛け、身を滅ぼしても構わないという激しい恋心を表している。百人一首に採られた名高い歌で、後撰和歌集にも、宇多天皇の女御である京極御息所との仲が噂になったのちに贈った歌として見える。前歌の第七百六十五首と「逢はむ」の語を共有している。
 作者の「もとよしのみこ」は元良親王である。陽成天皇の第一皇子で、風流好色の貴公子として知られ、元良親王集が伝わる。

 初句「わびぬれば」は、思い悩んでしまったのだから、の意で、「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形、「ば」は原因を表す。本巻の第七百七十三首の初句「わびぬれば」と同じ句である。
 二句「今はた同じ」は、今となってはもう同じことだ、の意で、「はた」は、やはり、もはや、の意を表す。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
 三句「難波なる」は、摂津国の難波にある、の意である。
 四句「みをつくしても」は、「みをつくし」が難波の海の水路の目印である「澪標」と、「身を尽くし」を掛ける掛詞である。
 結句「逢はむとぞ思ふ」は、逢おうと思う、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「思ふ」で結ぶ係り結びである。前歌の第七百六十五首の四句「逢はむと妹に」と同じ語を用いている。

みをつくし:船の水路の目印である「澪標」と、「身を尽くし」を掛ける
わぶ:侘ぶ。思い悩む、つらく思う
なには:難波。摂津国の地名
作者
元良親王
出典
拾遺和歌集
前の歌
石上ふるとも雨にさはらめや 逢はむと妹に言ひてしものを
次の歌
いつかとも思はぬ沢のあやめ草 ただつくづくとねこそ泣かるれ