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いつかとも思はぬ沢のあやめ草
ただつくづくとねこそ泣かるれ

歌の意味
五月五日を、いつ逢えるともわからない日として過ごす私は、沢のあやめ草の根が長いように、ただしみじみと声を立てて泣いてしまうことだ。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 767

詞書「五月五日、ある女のもとにつかはしける」
 いつ逢えるとも思えない身は、沢のあやめ草の根を引く端午の日にも、ただしみじみと声を立てて泣いてしまうと詠む歌である。詞書から、五月五日の端午の節句に、ある女のもとに贈った歌とわかる。「いつか」に「五日」と「何時か」を、「ね」にあやめ草の「根」と泣く「音」を掛け、節句の景物に寄せて逢えない嘆きを表している。次歌の第七百六十八首とともに、あやめ草を詠む歌が並ぶ。

 初句「いつかとも」は、「いつか」が五月の「五日」と、「何時か」を掛ける掛詞である。
 二句「思はぬ沢の」は、思わない、沢の、の意で、いつ逢えるとも思えない意を表しつつ、あやめ草の生える沢へと続けている。
 三句「あやめ草」は、菖蒲で、端午の節句に軒に葺いたり根の長さを競ったりした。ここまでが四句以下を導いている。次歌の第七百六十八首の三句「あやめ草」と同じ句である。
 四句「ただつくづくと」は、ただしみじみと、の意である。
 結句「ねこそ泣かるれ」は、「ね」があやめ草の「根」と、泣く「音」を掛ける掛詞である。係助詞「こそ」を受けて自発の助動詞「る」の已然形「るれ」で結ぶ係り結びである。

いつか:五月の「五日」と、「何時か」を掛ける
ね:あやめ草の「根」と、泣く「音」を掛ける
あやめぐさ:菖蒲。端午の節句に用いた
つくづく:しみじみと、もの寂しく
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ
次の歌
生ふれども駒もすさめぬあやめ草 かりにも人の来ぬがわびしさ