津の国の堀江の深く思ふとも
我は難波のなにとだに見ず
- 歌の意味
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津の国の堀江のように、あなたが深く思っていても、私は難波の「なに」の名のように、何とも思わない。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 883
詞書は前の歌に続き「題しらず」
津の国の堀江のように深く思ってくれても、私は難波の名のように、あなたを何とも思っていないと、相手の思いを突き放す歌である。地名を重ねた言葉の遊びで、すげない拒絶をあっさりと言い放っている。
ここから本巻の第八百八十五首まで、初句を「津の国の」とする歌が三首続く。
初句「津の国の」は、摂津国の、の意である。次歌の第八百八十四首、第八百八十五首の初句も「津の国の」で、三首が同じ初句で並んでいる。
二句「堀江の深く」は、堀江のように深く、の意である。堀江は難波に開かれた運河で、水の深さから「深く」を導いている。
三句「思ふとも」は、思っても、の意で、「とも」は逆接の仮定を表す。相手の思いをいう。
四句「我は難波の」は、私は難波の、の意で、「難波」の「なに」の音から結句の「なに」を導いている。
結句「なにとだに見ず」は、何とも思わない、何とさえ見ない、の意である。「なには」「なにと」と同じ音を重ねて、すげない拒絶を言い表している。
ほりえ:堀江。難波に開かれた運河
なには:難波。摂津国の地名。今の大阪のあたり
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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行く水の泡ならばこそ消えかへり 人の淵瀬を流れても見め
- 次の歌
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津の国の生田の池のいくたびか つらき心を我に見すらん