はるばると雲居をさして行く舟の
行く末遠く思ほゆるかな
- 歌の意味
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はるばると空の果てを目指して進んでいく舟のように、その行く末は遠く長く続くものと思われることだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑賀 1160
詞書「屏風に」
はるばると空の果てを目指して進む舟のように、行く末は遠く長く続くものと思われると詠む歌である。詞書から、屏風の絵に添えた歌とわかる。海の果ての空へ向かって小さくなっていく舟の姿に、祝う相手の長い行く末を重ね、限りない未来を祝っている。前歌の第千百五十九首の「百年」に続き、長い時をたたえる賀の歌である。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた。三十六歌仙に数えられ、百人一首の「難波潟」の歌で知られる。
初句「はるばると」は、はるか遠くまで、の意で、舟の進む道のりの遠さをいう。
二句「雲居をさして」は、空の果てを目指して、の意で、「雲居」は雲のある遠い空をいう。海と空が接するあたりを目指す舟の姿である。「さして」は目指して、の意で、舟の縁から棹を差す意も響いている。
三句「行く舟の」は、進んでいく舟のように、の意で、ここまでが四句の「行く末」を導く序の役割を果たしている。
四句「行く末遠く」は、行く末が遠く、の意で、舟の行き先の遠さと、人の将来の長さを重ねている。三句の「行く」を繰り返して調子を整えている。前歌の第千百五十九首の三句「百年の」と、長い時を祝う点で通い合っている。
結句「思ほゆるかな」は、思われることだ、の意で、「思ほゆ」は自然にそう思われる意、「かな」は詠嘆を表す。
くもゐ:雲居。雲のある遠い空
おもほゆ:思ほゆ。自然に思われる
- 作者
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伊勢
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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昨日よりをちをば知らず百年の 春の始めは今日にぞありける
- 次の歌
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花の色も常磐ならなんなよ竹の 長きよに置く露しかからば