心なき身は草木にもあらなくに
あき来る風に疑はるらむ
- 歌の意味
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心のない草木でもないこの身なのに、どうして秋の来る風、飽きの風に吹かれて心変わりしたと疑われるのだろう。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌四 1274
詞書「返し」
心のない草木でもないのに、どうして秋来る風に疑われるのか、と詠んだ歌である。前歌で心変わりを責められたのに対し、自分は秋風に散る草木ではないと、「秋」に「飽き」を掛けて言い返している。
前歌の贈太政大臣藤原時平の歌に対する伊勢の返しである。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「心なき」は、心のない、の意である。
二句「身は草木にも」は、この身は草木でも、の意である。
三句「あらなくに」は、ないのに、の意で、「なくに」は逆接を表す。
四句「あき来る風に」の「あき」は、「秋」と「飽き」を掛けた掛詞である。前歌の四句「あき風」を受けている。
結句「疑はるらむ」は、疑われるのだろう、の意で、「る」は受身、「らむ」は原因の推量を表す。
あき:「秋」の意と、「飽き」を掛ける
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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深き思ひそめつと言ひし言の葉は いつかあき風吹きて散りぬる
- 次の歌
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身の憂きを知ればはしたになりぬべみ 思ひは胸のこがれのみする