- 歌の意味
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ほととぎすがまだねぐらにいるままで鳴く声を聞くと、旅寝の草の枕が涙の露に濡れることだ。
- 鑑賞
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巻第六 別歌 344
詞書「難波に祓へし侍りて、まかり帰りける暁に、森の侍りけるに、郭公の鳴き侍りけるを聞きて」
旅の帰りの明け方、ほととぎすがねぐらにいるまま鳴く声を聞き、旅寝の草の枕が涙の露に濡れると詠む歌である。ねぐらにいながら鳴く鳥の声に、宿を離れて旅寝をする身の心細さを重ねている。詞書によれば、難波で祓えをして帰る途中の明け方、森でほととぎすが鳴くのを聞いて詠んだ歌である。
作者の「伊勢」は、平安時代前期から中期の女流歌人で、藤原継蔭の娘である。宇多天皇の中宮温子に仕え、中務の母となった。三十六歌仙に数えられる。
初句「郭公」は、夏の鳥のほととぎすで、明け方や夜に鳴く声が愛でられた。
二句「ねぐらながらの」は、ねぐらにいるままの、の意で、鳥がまだ巣を離れずに鳴くことをいう。
三句「声聞けば」は、声を聞くと、の意である。
四句「草の枕ぞ」は、旅寝の枕を、の意で、係助詞「ぞ」による強調である。この歌から第三百四十九首まで、草の枕、草枕を詠む旅寝の歌が続いている。
結句「露けかりける」は、露に濡れていることだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ。本巻の第三百八首の結句と同じで、そちらは見送る側の袂の露、こちらは旅をする側の枕の露を詠んでいる。
ねぐら:鳥の寝る所
くさのまくら:旅先での寝床。旅寝
はらへ:神に祈って罪や穢れを除く儀式。祓へ
- 作者
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伊勢
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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雨によりたみのの島を分け行けど なにはかくれぬものにぞありける
- 次の歌
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草枕我のみならず雁がねも 旅の空にぞ鳴き渡るなる