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松が枝の通へる枝をとぐらにて
巣立てらるべき鶴の雛かな

歌の意味
松の枝が互いに差し交わしている、その枝をねぐらとして、巣立ちさせられるはずの鶴の雛であることよ。
鑑賞
巻第十八 雑賀 1166

詞書「ある人の産して侍りける七夜」
 差し交わした松の枝をねぐらとして、巣立ちさせられるはずの鶴の雛であることよと詠む歌である。詞書から、ある人が子を産んで七日目の夜の祝いに詠んだ歌とわかる。千年を生きる鶴の雛に生まれた子をたとえ、長寿の松の枝が差し交わすところで育てられると詠んで、子の健やかな成長と長寿を祝っている。差し交わす枝には、子を育む父方と母方の両家の縁も思わせる。
 作者の「もとすけ」は清原元輔である。清少納言の父で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。

 初句「松が枝の」は、松の枝の、の意で、長寿の松を詠んでいる。次歌の第千百六十七首の初句「松の苔」とともに、松と鶴を取り合わせた子の祝いの歌が並んでいる。
 二句「通へる枝を」は、差し交わしている枝を、の意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
 三句「とぐらにて」は、ねぐらとして、の意で、「とぐら」は鳥のねぐらや止まり木をいう。
 四句「巣立てらるべき」は、巣立ちさせられるはずの、の意で、「らる」は受身、「べき」は当然の助動詞である。
 結句「鶴の雛かな」は、鶴の雛であることよ、の意で、生まれた子を千年の齢をもつ鶴の雛にたとえ、「かな」は詠嘆を表す。次歌の第千百六十七首の四句「鶴の卵の」と、鶴の子を詠む点で呼応している。

とぐら:鳥座。鳥のねぐら、止まり木
ななよ:七夜。子が生まれて七日目の夜の祝い
すだつ:巣立つ。ひなが育って巣から飛び立つ
作者
清原元輔
出典
拾遺和歌集
前の歌
岩の上の松にたとへむ君々は 世にまれらなる種ぞと思へば
次の歌
松の苔千歳をかねて生ひ茂れ 鶴の卵の巣とも見るべく