結ぶ手の雫に濁る山の井の
飽かでも人に別れぬるかな
- 歌の意味
-
すくい上げる手からこぼれる雫で濁ってしまう山の清水が、満足に飲めないように、心残りのまま人と別れてしまったことだ。
- 鑑賞
-
巻第十九 雑恋 1228
詞書「志賀の山越えにて、女の山の井にて洗ひ結びて飲むを見て」
すくい上げる手の雫で濁る山の清水を満足に飲めないように、心残りのまま人と別れてしまったと詠む歌である。詞書から、志賀の山越えの途中、女が山の清水で手を洗い、すくって飲むのを見て詠んだ歌とわかる。浅い山の井の水は、すくう手の雫ですぐに濁って思うように飲めないことを序とし、行きずりの女との名残惜しい別れを詠んでいる。次歌の第千二百二十九首は、この歌をふまえて詠まれた歌である。
作者の紀貫之は、古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
古今和歌集の離別歌にも、詞書を異にして収められている。藤原俊成は古来風躰抄でこの歌を高く評価している。
初句「結ぶ手の」は、水をすくう手の、の意で、「結ぶ」は手のひらを合わせて水をすくうことをいう。
二句「雫に濁る」は、雫で濁る、の意で、手からこぼれる雫で浅い清水がすぐに濁ることをいう。
三句「山の井の」は、山中の湧き水の、の意で、ここまでが四句の「飽かで」を導く序詞である。次歌の第千二百二十九首の三句「山の井の」と、同じ句を共有している。
四句「飽かでも人に」は、満ち足りないまま人と、の意で、清水を飲み足りないことと、名残惜しい別れを重ねている。
結句「別れぬるかな」は、別れてしまったことだ、の意で、「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形、「かな」は詠嘆を表す。
むすぶ:掬ぶ。手のひらで水をすくう
やまのゐ:山の井。山中の湧き水
あく:飽く。満ち足りる
しがのやまごえ:志賀の山越え。京から近江の志賀へ抜ける山道
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
ありとても幾世かは経る唐国の 虎伏す野辺に身をも投げてん
- 次の歌
-
家ながら別るる時は山の井の 濁りしよりもわびしかりけり