ありとても幾世かは経る唐国の
虎伏す野辺に身をも投げてん
- 歌の意味
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生きていたところで、幾世を過ごせようか。唐の国の虎の伏す野辺に、この身を投げてしまおう。
- 鑑賞
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巻第十九 雑恋 1227
詞書「男持ちたる女を、切に懸想し侍りて、ある男の遣はしける」
生きていたところで幾世を過ごせようか、唐の国の虎の伏す野辺にこの身を投げてしまおうと詠む歌である。詞書から、夫のある女にひたすら思いを寄せた男が送った歌とわかる。釈迦の前世の王子が飢えた虎に身を与えたという捨身飼虎の話を踏まえたものとされ、かなわぬ恋に命を投げ出してもかまわないという激しい思いを、大げさな誓いの形で訴えている。
初句「ありとても」は、生きていたとしても、の意で、「とても」は逆接の仮定を表す。
二句「幾世かは経る」は、幾世を過ごせようか、の意で、「かは」は反語を表す。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「唐国の」は、中国の、の意である。
四句「虎伏す野辺に」は、虎の伏している野原に、の意で、捨身飼虎の話を思わせる。
結句「身をも投げてん」は、身を投げてしまおう、の意で、「て」は完了の助動詞「つ」の未然形、「ん」は意志の助動詞である。
けさうす:懸想す。異性に思いをかける、言い寄る
からくに:唐国。中国
のべ:野辺。野原
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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