古典和歌stream

あまといへどいかなるあまの身なればか
世に似ぬしほをたれわたるらん

歌の意味
尼になったとはいっても、いったいどのような海人の身だからか、世に例のない潮水を垂らすように、涙を流し続けているのだろう。
鑑賞
巻第二十 哀傷 1298

詞書「謙徳公の北の方、二人子ども亡くなりてのち」
 尼になったとはいえ、どのような海人の身だからか、世に例のない潮を垂らし続けているのだろうと詠む歌である。詞書から、謙徳公藤原伊尹の北の方が、二人の子を亡くした後の歌とわかる。伊尹の子の挙賢と義孝は、天延2年(974)に疱瘡のため同じ日に亡くなった。出家して尼となった母の身を、潮に濡れる海人に重ね、「尼」と「海人」、潮と涙を掛けて、二人の子を一度に失った比類ない悲しみを詠んでいる。

 初句「あまといへど」は、「あま」が「尼」と「海人」を掛ける掛詞である。尼であるといっても、の意となる。
 二句「いかなるあまの」は、どのような海人の、の意で、初句の「あま」を重ねている。
 三句「身なればか」は、身であるからか、の意で、六音の字余りの句である。係助詞「か」は結句の連体形「らん」で結ぶ係り結びである。
 四句「世に似ぬしほを」は、世に類のない潮を、の意で、潮に涙を重ねている。
 結句「たれわたるらん」は、垂らし続けているのだろう、の意で、四句の「しほ」と合わせて、涙に濡れる意の「しほたる」を響かせている。

あま:「尼」と「海人」を掛ける
しほたる:潮垂る。海水に濡れてしずくが垂れる。涙に濡れる意にも用いる
きたのかた:北の方。身分の高い人の妻
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
墨染の衣の袖は雲なれや 涙の雨の絶えず降るらん
次の歌
世の中にあらましかばと思ふ人 亡きが多くもなりにけるかな