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春の来るあしたの原を見渡せば
霞も今日ぞ立ちはじめける

歌の意味
春がやって来た朝、あしたの原を見渡すと、春が立つのと同じように霞も今日立ちはじめたことだ。
鑑賞
巻第一 春歌上 1

詞書「春立ちける日よみ侍りける」
 立春の日に詠んだ歌で、千載和歌集の巻頭を飾る一首である。春がやって来た朝に大和の歌枕「あしたの原」を見渡すと、暦の上で春が立ったのに合わせるように、野には霞も今日から立ちはじめている、という情景を詠む。地名の「あした」に「朝」を重ね、立春の朝のすがすがしい気分を、霞という目に見える春のしるしで確かめている。
 作者の「源俊頼朝臣」は大納言源経信の子の源俊頼である。堀河院歌壇の中心として活躍し、白河院の命により金葉和歌集を撰んだ。千載和歌集の撰者藤原俊成が深く敬った歌人で、本集で最も多くの歌が採られている。
 巻頭に立春の歌を置くのは古今和歌集以来の勅撰集の型にならったものである。千載和歌集は後白河院の院宣を受けて藤原俊成が撰び、文治四年(1188)ごろに成立した七番目の勅撰和歌集である。

 初句「春の来る」は、春がやって来ることをいい、詞書の「春立ちける日」を受けて立春の到来を示す。
 二句「あしたの原を」の「あしたの原」は大和国片岡のあたりにあった野の名で、歌枕である。「あした」は地名と「朝」との掛詞で、春の来る朝にあしたの原を見る、という二重の意味を作る。
 三句「見渡せば」は、已然形に「ば」が付いた確定条件で、見渡すと、の意である。本巻では第八首、第十一首、第五十一首、第七十四首にも「見渡せば」が用いられ、広い眺めの中に春をとらえる趣向が繰り返される。
 四句「霞も今日ぞ」の「も」は、春が立つのと同じく霞もまた、という添加の意を表す。「ぞ」は係助詞で、結句の「ける」と係り結びをなす。
 結句「立ちはじめける」は、霞が立ちはじめたことに気づいた感動を表す。霞が「立つ」ことは春が「立つ」ことと響き合い、助動詞「けり」の連体形「ける」で「ぞ」を受けて結ぶ。巻末の第七十六首が花盛りの吉野に吹く春風で結ばれるのに対し、本巻は霞の立ちはじめで幕を開ける。

あした:地名「あしたの原」と「朝」の意を掛ける
あしたのはら:大和国片岡にあった野で、歌枕
作者
源俊頼
出典
千載和歌集
次の歌
三室山谷にや春の立ちぬらむ 雪の下水岩たたくなり