見渡せばそこと標の杉もなし
霞のうちや三輪の山もと
- 歌の意味
-
見渡すと、そこだと示す目印の杉も見えない。霞の中にあるのだろうか、三輪の山のふもとは。
- 鑑賞
-
巻第一 春歌上 11
詞書は前の歌に続き「霞の歌とてよめる」
前歌と同じく「霞」を題として詠んだ歌である。三輪の山もとを見渡しても、ここがそうだと示してくれる目印の杉が見えない。三輪の山もとは霞の中に隠れているのだろうか、と霞の深さを詠む。前歌が杉の見えない理由を霞と言い切ったのに対し、本歌は霞の中を探し求める心で詠んでいる。
作者の「左兵衛督隆房」は藤原隆房である。権大納言藤原隆季の子で、のちに権大納言に至った。平清盛の娘を妻とし、平家一門と縁が深かった。
前歌と同じく、古今和歌集のよみ人しらずの歌「我が庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」を本歌とする。
初句「見渡せば」は、見渡すと、の意である。第一首、第八首と同じ句で、広い眺めの中に目当てのものを探す姿勢を示す。
二句「そこと標の」の「そこと」は、そこだと指し示す意で、「標」は目印をいう。
三句「杉もなし」は、目印の杉も見えない、の意で、ここで句切れとなる。
四句「霞のうちや」の「や」は疑問を表し、霞の中にあるのだろうか、と推し量る。
結句「三輪の山もと」は前歌の第十首と同じ結句で、体言止めとなる。前歌が「霞ぞ立てる」と断定したのに対し、本歌は「霞のうちや」と問いかける形で、同じ景色を詠み分けている。
しるし:目印
- 作者
-
藤原隆房
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
春来れば杉のしるしも見えぬかな 霞ぞ立てる三輪の山もと
- 次の歌
-
常磐なる松もや春を知りぬらむ 初子を祝ふ人に引かれて