踏めば惜し踏までは行かむ方もなし
心尽くしの山桜かな
- 歌の意味
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踏めば惜しい、踏まずには行くべき道もない。あれこれと心を使い果たさせる山桜であることよ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 83
詞書「落花満山路といへる心をよめる」
「落花満山路(落花が山路に満ちる)」という題で詠んだ歌である。山道一面に花びらが散り敷いていて、踏んでゆくのは惜しいが、踏まずには先へ進む道もない、と迷うさまを詠み、散ってなお人の心を悩ませる山桜を「心尽くし」と嘆く。咲いては心を奪い、散っては足を止めさせる桜への思いを、二句切れの率直な言い回しで表している。
作者の「上東門院赤染衛門」は赤染時用の娘で、文章博士大江匡衡の妻となった。一条天皇の中宮上東門院藤原彰子に仕えた女房で、小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「踏めば惜し」は、踏めば惜しい、の意で、形容詞の終止形で言い切る。ここで句切れとなる。
二句「踏までは行かむ」は、踏まないでは行けるであろう、の意で、打消の接続助詞「で」と推量の助動詞「む」を用いる。
三句「方もなし」は、行くべき方向もない、の意で、ここで再び句切れとなる。初句と二句三句とで、踏むことと踏まないことの両方を退け、進退きわまった心を表す。
四句「心尽くしの」は、あれこれと気をもませ、心を使い果たさせる、の意である。
結句「山桜かな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。前歌の第八十二首が空から降る花を詠んだのに対し、本歌は地に散り敷いた花を詠む。
こころづくし:あれこれと気をもみ、心を使い果たすこと
- 作者
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赤染衛門
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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春雨に散る花見ればかきくらし みぞれし空の心地こそすれ
- 次の歌
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山桜千々に心の砕くるは 散る花ごとに添ふにやあるらん