五月雨に浅沢沼の花かつみ
かつ見るままに隠れゆくかな
- 歌の意味
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五月雨のために水かさが増して、浅沢沼の花かつみは、見ているそばから水に隠れてゆくことだ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 180
詞書「中院入道右大臣中将に侍りける時、歌合し侍りけるに、さみだれの歌とてよめる」
中院入道右大臣源雅定がまだ中将であった頃に催した歌合で、「五月雨」を題として詠んだ歌である。五月雨で水かさの増した浅沢沼では、花かつみが、見ているそばから次々と水に沈んで隠れてゆく、と詠む。「花かつみ」から同音の「かつ見る」を導き、刻々と増してゆく水の勢いを、目の前で花が隠れてゆく動きによって描いている。
作者の「藤原顕仲朝臣」は権中納言藤原資仲の子である。左兵衛佐を務め、従四位下に至った。堀河百首の作者の一人で、能書家としても知られた。
古今和歌集のよみ人しらずの歌「陸奥の安積の沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ」以来、「花かつみ」から「かつ」を導く技法は広く用いられた。
初句「五月雨に」は、五月雨のために、の意である。
二句「浅沢沼の」の「浅沢沼」は摂津国住吉にあった沼で、歌枕である。「浅」の字が、五月雨で深くなってゆく沼と対照をなす。
三句「花かつみ」は、水辺に生える草で、真菰の類ともいわれる。同音の「かつ見る」を導く序詞の働きをする。
四句「かつ見るままに」の「かつ」は、〜するそばから、の意で、見ているそばから、の意となる。
結句「隠れゆくかな」の「かな」は詠嘆である。水に沈んで見えなくなってゆくさまを示す。本巻の第百八十二首も、五月雨の増水で澪標が見えなくなると詠む。
はなかつみ:水辺に生える草で、真菰の類ともいわれる
あさざはぬま:摂津国住吉にあった沼で、歌枕
- 作者
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藤原顕仲
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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おぼつかないつか晴るべきわび人の 思ふ心やさみだれの空
- 次の歌
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五月雨の日数経ぬれば刈りつみし 賤屋の小菅朽ちやしぬらん