五月雨の日数経ぬれば刈りつみし
賤屋の小菅朽ちやしぬらん
- 歌の意味
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五月雨の降る日数が重なったので、刈って積んでおいた粗末な家の小菅は、もう腐ってしまったのではないだろうか。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 181
詞書「崇徳院に百首歌奉りける時、よめる」
崇徳院に百首歌を奉った際の一首である。五月雨が幾日も降り続いたので、身分の低い者が刈り取って家に積んでおいた小菅は、もう腐ってしまったのではないだろうか、と詠む。長雨に湿って朽ちてゆく草を思いやることで、五月雨の長さと、それが人の暮らしに及ぼす影響とを描いている。
作者の「左京大夫顕輔」は藤原顕輔である。修理大夫藤原顕季の子で、左京大夫を務め、正三位に至った。崇徳院の院宣を受けて詞花和歌集を撰び、小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌から第百八十五首までの五首は、いずれも崇徳院に奉った久安百首の五月雨の歌である。
初句「五月雨の」は、二句の「日数」にかかる。
二句「日数経ぬれば」の「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形で、「ば」とともに確定条件となる。日数が経ったので、の意である。
三句「刈りつみし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、刈って積んでおいた、の意である。
四句「賤屋の小菅」の「賤屋」は身分の低い者の家、「小菅」は菅のことで、笠や蓑などの材料となる。本巻の第百七十八首「賤の庵」と同じく、身分の低い者の住まいに降る五月雨を思いやる。
結句「朽ちやしぬらん」の「や」は疑問の係助詞、「らん」は現在推量の助動詞の連体形で、係り結びをなす。腐ってしまったのだろうか、の意である。本巻の第百八十四首「干さで朽たしつ」、第百八十五首「朽ちにけり」も、五月雨に朽ちるものを詠む。
こすげ:菅のことで、笠や蓑などの材料となる
しづや:身分の低い者の家
くつ:腐る
- 作者
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藤原顕輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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五月雨に浅沢沼の花かつみ かつ見るままに隠れゆくかな
- 次の歌
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五月雨に水の水嵩まさるらし 澪のしるしも見えずなりゆく