五月雨に水の水嵩まさるらし
澪のしるしも見えずなりゆく
- 歌の意味
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五月雨のために、水かさが増しているらしい。船の通る水路を示す澪標までもが見えなくなってゆく。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 182
詞書は前の歌に続き「崇徳院に百首歌奉りける時、よめる」
前歌と同じく崇徳院に奉った百首歌の一首である。五月雨のために水かさが増しているらしい、船の通る水路を示す澪標までもが水に沈んで見えなくなってゆく、と詠む。目印の杭が見えなくなるという具体的な景によって、刻々と増してゆく水の量を推し量っている。
作者の「前参議親隆」は藤原親隆である。権中納言藤原為房の子で、参議に至った。崇徳院の久安百首の作者の一人である。
初句「五月雨に」は、五月雨のために、の意である。
二句「水の水嵩」は、川や沼の水の量をいい、「水」の語を重ねて調子を整える。本巻の第百八十四首「水の水菰」も同じく「水の」を重ねる。
三句「まさるらし」の「らし」は、根拠のある推定を表す助動詞である。四句以下の景を根拠として、水かさが増していると推し量る。ここで句切れとなる。
四句「澪のしるしも」の「澪」は船の通る水路、「しるし」はその目印として立てた杭で、澪標をいう。
結句「見えずなりゆく」は、見えなくなってゆく、の意である。本巻の第百八十首「隠れゆくかな」と同じく、増水によって物が水に隠れてゆくさまを詠む。
みを:船の通る水路
しるし:目印、ここでは水路を示すために立てた杭
みづかさ:水の量
- 作者
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藤原親隆
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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五月雨の日数経ぬれば刈りつみし 賤屋の小菅朽ちやしぬらん
- 次の歌
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五月雨はたく藻の煙うちしめり 潮垂れまさる須磨の浦人