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五月闇しげき端山に立つ鹿は
照射にのみぞ人に知らるる

歌の意味
五月の闇夜に、木々の茂った端山に立つ鹿は、照射の火によってだけ、人にその姿を知られることだ。
鑑賞
巻第三 夏歌 196

詞書「権中納言俊忠中将に侍りける時、歌合し侍りけるに、ともしの歌とてよめる」
 権中納言藤原俊忠がまだ中将であった頃に催した歌合で、「照射」を題として詠んだ歌である。月のない五月の闇夜、木の茂った端山に立つ鹿は、ふだんは闇と茂みに隠れて見えないが、照射の火に照らされたときだけ人にその姿を知られる、と詠む。鹿の姿を照らし出す火が、同時に鹿の命を奪う狩りの火であることを思わせ、照射の哀れを含んでいる。
 作者の「藤原顕綱朝臣」は参議藤原兼経の子で、母は弁乳母である。讃岐守などを務め、讃岐入道と呼ばれた。娘に讃岐典侍藤原長子がいる。

 初句「五月闇」は、五月雨の頃の、月もなく暗い夜をいう。本巻の第百九十三首、第百九十五首と同じ初句で、三首が五月闇を詠む。
 二句「しげき端山に」の「しげき」は木の茂った、「端山」は人里に近い低い山をいう。
 三句「立つ鹿は」は、そこに立つ鹿は、の意である。
 四句「照射にのみぞ」の「のみ」は限定、「ぞ」は係助詞で、結句の「るる」と係り結びをなす。照射の火によってだけ、の意である。
 結句「人に知らるる」の「るる」は受身の助動詞「る」の連体形で、「ぞ」の結びとなる。前歌の第百九十五首が照射の火を遠くから星に見立てたのに対し、本歌はその火に照らし出される鹿の側から詠む。

はやま:人里に近い低い山
ともし:夏の夜、火串に松明を立てて鹿をおびき寄せ、射止める狩り
作者
藤原顕綱
出典
千載和歌集
前の歌
五月闇さ山の峰にともす火は 雲の絶え間の星かとぞ見る
次の歌
照射する火串の松も消えなくに 外山の雲の明けわたるらん