秋風は浪とともにや越えぬらん
まだき涼しき末の松山
- 歌の意味
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秋風は、波とともに山を越えてやって来たのだろうか。まだ夏なのに、もう涼しい末の松山であることよ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 220
詞書「松風秋近といへる心をよめる」
「松風秋近(松風に秋が近い)」という題で詠んだ歌である。まだ夏なのに末の松山がもう涼しいのは、秋風が波とともに松山を越えてやって来たからだろうか、と詠む。末の松山を波が越えることはないという古歌の伝統を踏まえ、越えるはずのない波とともに、秋風だけが一足早く越えて来たという機知によって、秋の近さを表している。
作者の「藤原親盛」は周防守藤原親康の子である。左衛門尉を務め、後白河院に仕えて今様を学んだ。院の没後に出家した。
古今和歌集の東歌「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」以来、末の松山は、波が越えることのない地として、変わらぬ心の誓いに詠まれた。
初句「秋風は」は、一首の主語を示す。本巻の第二百七首の秋風に続き、秋の気配を詠む。
二句「浪とともにや」の「や」は疑問の係助詞で、三句の「らん」と係り結びをなす。古今和歌集の東歌の、末の松山を越える波を踏まえる。
三句「越えぬらん」の「ぬ」は完了、「らん」は現在推量の助動詞の連体形で、越えて来たのだろうか、の意となる。ここで句切れとなる。
四句「まだき涼しき」の「まだき」は、まだその時でないのに早くも、の意である。
結句「末の松山」は体言止めで、陸奥国の歌枕である。詞書の「松風」を表す。秋の気配を詠む三首はここで結ばれる。
すゑのまつやま:陸奥国の歌枕で、波が越えることのない地として詠まれた
- 作者
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藤原親盛
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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夏衣すそのの原を分け行けば 折りたがへたる萩が花摺り
- 次の歌
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岩たたく谷の水のみおとづれて 夏に知られぬ深山辺の里