八百日行く浜の真砂を敷きかへて
玉になしつる秋の夜の月
- 歌の意味
-
八百日もかかって行くほど広い浜の砂を敷きかえて、すべて玉にしてしまった秋の夜の月よ。
- 鑑賞
-
巻第四 秋歌上 292
詞書「賀茂社の後番の歌合とて、神主重保がよませ侍りける時、よめる」
賀茂別雷社の神主賀茂重保が催した賀茂社後番歌合で詠んだ歌である。歩いて八百日もかかるほど広い浜の砂を、月の光がすっかり敷きかえて、一粒残らず玉にしてしまった、秋の夜の月よ、と詠む。月光に照らされてきらめく無数の砂粒を玉に見立て、広大な浜を照らす月の光の明るさを誇張して表している。
作者の「権中納言長方」は藤原長方である。権中納言藤原顕長の子で、権中納言に至った。母は藤原俊忠の娘で、撰者藤原俊成の甥にあたる。
「八百日行く浜の真砂」は、万葉集以来、数の限りないものをたとえる表現として詠まれてきた。本歌と次歌の第二百九十三首は、ともに賀茂社後番歌合の歌である。
初句「八百日行く」の「八百日」は非常に多くの日数で、歩いて八百日もかかるほど広い、の意である。
二句「浜の真砂を」の「真砂」は細かい砂で、数の多いもののたとえとなる。
三句「敷きかへて」は、敷きかえて、の意で、月の光が浜を照らし変えるさまをいう。
四句「玉になしつる」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形で、玉にしてしまった、の意である。月光にきらめく砂を玉に見立てる。
結句「秋の夜の月」は体言止めで、本巻の第二百八十二首、第二百八十六首と同じ結句である。
やほか:八百日、非常に多くの日数
まさご:細かい砂
- 作者
-
藤原長方
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
ながめやる心の果てぞなかりける あかしの沖に澄める月影
- 次の歌
-
石間行く御手洗川の音冴えて 月や結ばぬ氷なるらん