諸人の花咲く春をよそに見て
なほしぐるるはしひ柴の袖
- 歌の意味
-
人々がみな花咲く春を迎えて位を進めるのをよそに見ながら、今もなお時雨のように涙に濡れているのは、椎柴色の喪服をまとった私の袖である。
- 鑑賞
-
巻第十七 雑歌中 1116
詞書「十月に重服になりて侍りける又の年の春、傍官どもが加階し侍りけるを聞きて詠める」
十月に父母の重い喪に服することになった翌年の春、同僚たちが位を上げられたと聞いて詠んだ歌である。人々の花咲く春をよそに見て、なお時雨に濡れているのは椎柴の袖である、と詠む。喪に服している身は叙位にもあずかれず、同僚たちが昇進して春の花のように栄えるのを、ただよそに見ているほかない。喪に入った十月の時雨の季節から、春になってもなお涙に濡れている喪服の袖に、悲しみと取り残された嘆きを重ねている。
作者の「中納言長方」は藤原長方である。藤原顕長の子で、権中納言に至った。藤原俊成の甥にあたる。
本巻の第千百三十六首、第千百三十七首の結句「墨染の袖」と、袖の色に我が身の境遇を託す点で通う。また本巻の第千七十六首が昇進を花を待つことにたとえたのと同じく、本歌も人々の昇進を花咲く春にたとえている。
初句「諸人の」は、多くの人々の、の意で、昇進した同僚たちを指す。
二句「花咲く春を」は、人々の昇進を花の咲く春にたとえている。本巻の第千七十六首の二句「花を待つこそ」と、昇進を花にたとえる点で通う。
三句「よそに見て」は、自分とは関わりのないものとして見て、の意である。
四句「なほしぐるるは」の「しぐる」は時雨が降る意で、涙を流すことをたとえる。喪に入った十月の時雨の季節から、春になってもなお、の意を込めている。
結句「しひ柴の袖」は、椎の小枝で染めたような鈍色の喪服の袖で、体言止めである。本巻の第千百三十六首、第千百三十七首の結句「墨染の袖」と、袖の色を詠む点で通う。
ぢゆうぶく:父母などの重い喪に服すること
かかい:位階が上がること
しひしば:椎の木の小枝、またそれで染めた喪服の色
しぐる:時雨が降る、転じて涙を流す
- 作者
-
藤原長方
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
登るべき道にぞ惑ふ位山 これより奥のしるべなければ
- 次の歌
-
憂き瀬にも嬉しき瀬にも先に立つ 涙は同じ涙なりけり