- 歌の意味
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松風の音でさえ秋は寂しいのに、そのうえ衣を打つ音まで聞こえてくる、玉川の里では。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 340
詞書は前の歌に続き「堀河院御時、百首歌たてまつりける時、擣衣の心をよみ侍りける」
堀河百首の擣衣の題で詠んだ歌である。秋は松風の音を聞くだけでも寂しいのに、玉川の里ではそこへ衣を打つ砧の音まで聞こえてくる、と詠む。松風と砧という二つの音を重ね、寂しさがいっそう募る秋の里を描いている。
作者の「源俊頼朝臣」は大納言源経信の子である。堀河院歌壇の中心的な歌人で、白河院の院宣を受けて金葉和歌集を撰び、歌論書「俊頼髄脳」を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第三百四首も、松を吹く風の音の悲しさを詠んでいる。
初句「松風の」は、松を吹く風の音をいう。本巻の第三百四首も松を吹く風を詠む。
二句「音だに秋は」の「だに」は、〜でさえ、の意で、松風の音でさえ、と程度の軽いものを挙げる。
三句「寂しきに」の「に」は、寂しいところに、さらに、と次の事柄を重ねる働きをする。本巻の第三百七首の「寂しきに」と同じ言い回しで、別の音が寂しさに加わる。
四句「衣打つなり」の「なり」は音によって判断する推定の助動詞で、衣を打つ音が聞こえる、の意である。ここで句切れとなる。
結句「玉川の里」は体言止めである。「玉川」は諸国にある歌枕で、ここでは衣を打つ里として詠まれる。
たまがは:諸国にある歌枕で、ここでは衣を打つ里として詠まれる
まつかぜ:松の梢を吹く風
- 作者
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源俊頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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恋ひつつや妹が打つらむ唐衣 砧の音のそらになるまで
- 次の歌
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誰がためにいかに打てばか唐衣 千度八千度声の恨むる