誰がためにいかに打てばか唐衣
千度八千度声の恨むる
- 歌の意味
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誰のために、どのように打つからなのか。唐衣を打つ砧の声が、千度も八千度も恨むように響くのは。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 341
詞書は前の歌に続き「堀河院御時、百首歌たてまつりける時、擣衣の心をよみ侍りける」
堀河百首の擣衣の題で詠んだ歌である。いったい誰のために、どのように打っているから、唐衣を打つ砧の音が、千度も八千度も恨むように響くのだろうか、と詠む。くり返し響く砧の音に、帰らぬ人を恨む打ち手の心を聞き取っている。
作者の「藤原基俊」は右大臣藤原俊家の子である。源俊頼と並ぶ院政期の歌壇の重鎮で、藤原俊成の師にあたる。小倉百人一首にも歌が採られている。
和漢朗詠集に採られた白居易の詩句に、秋の長い夜に砧の音が千声万声と絶え間なく続くとうたうものがあり、本歌の「千度八千度」はその趣を和歌に移したものである。
初句「誰がために」は、誰のために、の意で、打ち手が思う相手を問う。
二句「いかに打てばか」の「か」は疑問の係助詞で、結句の「恨むる」と連体形で結ぶ。どのように打つからなのか、と問う。
三句「唐衣」は衣の美称で、前々歌の第三百三十九首と同じ三句である。
四句「千度八千度」は、千回も八千回も、の意で、数えきれないほど何度もくり返される砧の音をいう。
結句「声の恨むる」の「うらむ」は恨む意で、二句の「か」を受けて連体形で結ぶ。砧の音を、恨みをこめた声として聞いている。
ちたび:千回、幾度も
やちたび:八千回、数えきれないほど何度も
からころも:衣の美称
うらむ:恨む、恨めしく思う
- 作者
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藤原基俊
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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松風の音だに秋は寂しきに 衣打つなり玉川の里
- 次の歌
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衣打つ音を聞くにぞ知られぬる 里遠からぬ草枕とは