昨日こそ秋は暮れしかいつの間に
岩間の水の薄氷るらん
- 歌の意味
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秋が暮れたのはつい昨日のことだったのに、いつの間に岩間を流れる水が薄く凍ったのだろう。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 387
詞書「堀河院御時、百首歌たてまつりける時、初冬の心をよみ侍りける」
堀河天皇の時代に百首歌を詠進した折、初冬の題で詠んだ歌である。秋が暮れたのはつい昨日のことであったのに、いつの間に岩間の水が薄く凍ったのだろう、と詠む。暦の上で秋が終わったばかりなのに、早くも水が凍りはじめていることに驚き、季節の移り変わりの早さを感じ取っている。冬歌の巻頭を飾る一首である。
作者の「大納言公実」は藤原公実である。権大納言藤原実季の子で、大納言に至った。鳥羽天皇の中宮となった待賢門院璋子の父であり、堀河百首の作者の一人である。
本歌から第三百八十九首までの三首は、堀河百首の初冬の歌である。堀河百首は、堀河天皇の時代に源俊頼、藤原公実らが題を分けて百首ずつ詠んだもので、後の百首歌の規範となった。
巻第五の巻末の第三百八十六首は「今宵まで」と秋の最後の夜を詠んで秋歌を閉じた。本歌はその翌日から「昨日こそ秋は暮れしか」と振り返り、冬歌の幕を開ける。また本巻の巻末の第四百七十五首は「年の今日は暮れなん」と一年の最後の日を詠む。巻頭の「昨日」と巻末の「今日」とが、ともに季節や年の暮れを見つめて呼応している。
初句「昨日こそ」の「こそ」は強意の係助詞で、二句の「しか」と已然形で結ぶ。つい昨日のことだ、と時の近さを強める。本巻の巻末の第四百七十五首の「今日は」と、日を示す語が巻の初めと終わりに置かれている。
二句「秋は暮れしか」の「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、初句の「こそ」を受けて結ぶ。秋は暮れたのだった、と振り返り、ここで句切れとなる。巻第五の巻末の第三百八十六首の「今宵まで」を受けている。
三句「いつの間に」は、思いがけない変化への驚きを示す。本巻の第三百九十五首も同じ「いつの間に」で始まり、筧の水が凍ったことを詠む。
四句「岩間の水の」の「岩間」は岩と岩とのすき間で、そこを流れる水をいう。
結句「薄氷るらん」の「薄氷る」は薄く凍る意、「らん」は現在推量の助動詞で、目の前の薄氷がいつ張ったのかを推し量る。
いはま:岩と岩とのすき間
うすごほる:薄く凍る
- 作者
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藤原公実
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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今宵まで秋は限れと定めける 神代もさらに恨めしきかな
- 次の歌
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いかばかり秋の名残を眺めまし 今朝は木の葉に嵐吹かずは