頼むれど心変はりて帰り来ば
これぞやがての別れなるべき
- 歌の意味
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帰りを当てにしているけれども、もし心が変わって帰ってきたならば、この別れがそのまま本当の別れとなるにちがいない。
- 鑑賞
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巻第七 離別歌 483
詞書「百首歌たてまつりける時、別れの心をよめる」
崇徳院に奉った百首歌、いわゆる久安百首で、別れの題を詠んだ歌である。帰ってくることを当てにしてはいるが、もし旅先で心が変わって帰ってきたなら、この別れがそのまま本当の別れになってしまうだろう、と詠む。身が帰ってきても心が離れてしまえば、それこそが真の別れだという、別れの意味を問い直す発想の歌である。
作者の「左京大夫顕輔」は修理大夫藤原顕季の子である。崇徳院の院宣を受けて詞花和歌集を撰んだ。六条藤家の歌道を継ぎ、小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌と次歌の第四百八十四首は、ともに久安百首の別れの歌である。
初句「頼むれど」の「頼む」は四段活用で、当てにする意、「ど」は逆接の接続助詞で、帰りを当てにしているけれども、の意である。
二句「心変はりて」は、旅先で心が変わって、の意である。
三句「帰り来ば」の「来」は未然形で、「ば」が付いて仮定条件となり、帰ってきたならば、の意である。
四句「これぞやがての」の「ぞ」は係助詞で、結句の「べき」と連体形で結ぶ。「やがて」は、そのまま、の意で、今の別れがそのまま最後の別れとなることをいう。
結句「別れなるべき」の「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形で、四句の「ぞ」を受けて結ぶ。本当の別れになるにちがいない、の意である。
たのむ:当てにする、頼りにする
- 作者
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藤原顕輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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帰り来む程をばいつと言ひ置かじ 定めなき身は人頼めなり
- 次の歌
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限りあらむ道こそあらめこの世にて 別るべしとは思はざりしを