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日を経つつ行くにはるけき道なれど
末を都と思はましかば

歌の意味
日数を重ねて行くほどに遠い道であるけれども、行き着く先が都だと思えるのであったなら、どんなによかっただろう。
鑑賞
巻第八 羈旅歌 519

詞書「東の方にまかりける時、行く先遥かに覚え侍りければよめる」
 東国へ下った時、行く先が遥かに遠く思われたので詠んだ歌である。日数を重ねて行くほどに遠い道であるけれども、行き着く先が都だと思えるのであったなら、と詠む。都から遠ざかってゆく旅の道を、もしも都へ向かう道であったならと思い、都への思いの強さを表している。
 作者の「左京大夫修範」は藤原修範である。藤原通憲、すなわち信西の子で、左京大夫を務めた。

 初句「日を経つつ」の「つつ」は反復継続の接続助詞で、日数を重ねながら、の意である。
 二句「行くにはるけき」の「はるけき」は「はるけし」の連体形で、行くほどに遠い、の意である。
 三句「道なれど」の「ど」は逆接の接続助詞で、道であるけれども、の意である。
 四句「末を都と」の「末」は道の行き着く先の意である。
 結句「思はましかば」の「ましか」は反実仮想の助動詞「まし」の未然形で、「ば」が付いて、都と思えるのであったなら、の意となる。その後に続く、どんなにうれしかろう、の意を言いさして余情を残す。

すゑ:道の行き着く先
作者
藤原修範
出典
千載和歌集
前の歌
おぼつかないかになるみの果てならむ 行方も知らぬ旅の悲しさ
次の歌
かくばかりあはれならじを時雨るとも 磯の松が根枕ならずは