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植ゑ置きし人の形見と見ぬだにも
宿の桜を誰か惜しまぬ

歌の意味
植えておいた人の形見と思って見るのでなくてさえ、この家の桜を惜しまない者がいるだろうか。まして形見と思えば、なおさら惜しまれる。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 547

詞書「主なき家の桜を見てよみ侍りける」
 主人が亡くなった家の桜を見て詠んだ歌である。植えておいた人の形見と思って見るのでなくてさえ、この家の桜を惜しまない人がいるだろうか、と詠む。ただの桜でも散るのは惜しいのに、亡き主人が植えた形見の桜であれば、なおいっそう惜しまれる、という思いを言外にこめている。
 作者の「藤原範永朝臣」は藤原中清の子である。摂津守などを務めた受領で、和歌六人党の一人として知られる。
 前歌までの第五百四十五首、第五百四十六首に続き、春の花に亡き人をしのぶ歌である。

 初句「植ゑ置きし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、植えておいた、の意である。桜を植えた亡き主人をいう。
 二句「人の形見と」の「形見」は、亡き人をしのぶよすがとなる物で、桜を亡き主人の形見とみる。次歌の第五百四十八首も「形見に着たる」と、形見の語を用いる。
 三句「見ぬだにも」の「だに」は類推の副助詞で、形見として見るのでなくてさえ、の意となり、まして形見として見ればなおさら、という意を含む。
 四句「宿の桜を」の「宿」は家の意で、詞書の主のない家を指す。第五百四十五首の「散りにし花」と同じく、春の花に死者をしのぶ。
 結句「誰か惜しまぬ」の「か」は反語の係助詞で、打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」と結ぶ。誰が惜しまないだろうか、誰もが惜しむ、の意である。

かたみ:亡き人をしのぶよすがとなる物
やど:住まい、家
作者
藤原範永
出典
千載和歌集
前の歌
行き帰り春やあはれと思ふらん 契りし人の又も逢はねば
次の歌
惜しきかな形見に着たる藤衣 ただこの頃に朽ち果てぬべし