あやめ草涙の玉に貫きかへて
折ならぬねを猶ぞかけつる
- 歌の意味
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薬玉の菖蒲は、玉を涙の玉に貫き替えて、節句の時でもないのに、菖蒲の根ならぬ泣く音を、今もなお掛けていることだ。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 556
詞書「枇杷殿の皇太后宮煩ひ給ひける時、所を変へて試みむとて外に渡り給へりけるを、隠れ給ひて後、陽明門院一品内親王と申しける、枇杷殿に帰り給へりけるに、古き御帳の内に菖蒲、薬玉などの枯れたるが侍りけるを見て、よみ侍りける」
枇杷殿の皇太后宮、すなわち三条天皇の中宮であった藤原妍子が病にかかった時、場所を変えて療養を試みようとほかへ移ったが、そのまま亡くなった。のちに、その娘で一品内親王と呼ばれていた禎子内親王、のちの陽明門院が枇杷殿に帰ったところ、古い御帳の中に、端午の節句に掛けた菖蒲や薬玉の枯れたものが残っていたのを見て詠んだ歌である。薬玉の菖蒲は涙の玉に貫き替えて、節句でもないのに、根ならぬ泣く音を今もなお掛けている、と詠む。枯れた薬玉に、主を失った悲しみの涙を見ている。妍子は万寿四年(1027)九月に没した。
作者の「弁乳母」は藤原順時の娘で、禎子内親王の乳母を務めた。
次歌の第五百五十七首は、本歌に答えた江侍従の返歌である。本巻の第五百七十二首、第五百七十三首も、菖蒲の根に泣く音を掛けて喪の悲しみを詠み、本歌と同じ趣向となっている。
初句「あやめ草」は菖蒲のことで、端午の節句に薬玉に添えて掛けた。次歌の第五百五十七首は「あやめの草は」と受けて返している。
二句「涙の玉に」は、薬玉の玉を涙の玉に、の意で、悲しみの涙を玉に見立てる。
三句「貫きかへて」は、糸に通す玉を替えて、の意である。
四句「折ならぬねを」の「折」は時節の意で、端午の節句の時でもないのに、の意である。「ね」に菖蒲の根と泣く音を掛ける掛詞である。
結句「猶ぞかけつる」の「ぞ」は強意の係助詞で、完了の助動詞「つ」の連体形「つる」と結ぶ。「かけ」は根を薬玉に掛ける意で、泣く声を上げる意をも響かせる。
くすだま:端午の節句に、香料を袋に入れ菖蒲や蓬を添えて五色の糸を垂らし、柱などに掛けたもの
みちやう:貴人の寝所などに垂らす帳
ぬきかふ:糸に通す玉を替える
をり:時節、その時
ね:菖蒲の根と、泣く音を掛ける
- 作者
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弁乳母
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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一声も君に告げなん郭公 この五月雨は闇にまどふと
- 次の歌
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玉貫きしあやめの草はありながら よどのは荒れん物とやは見し