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笛の音の万代までと聞こえしを
山も答ふる心地せしかな

歌の意味
帝の笛の音が万代までもと響いて聞こえたのに、山までもが答えて万歳を唱えるような心地がしたことだ。
鑑賞
巻第十 賀歌 630

詞書「高倉の院の御時、内裏に参りて侍りけるに、上の御笛に万歳楽吹かせ給うけるを、初めて承りて、又の日女房の中に申し侍りける」
 高倉天皇の御代、内裏に参上していた時に、天皇が笛で「万歳楽」を吹くのを初めて拝聴し、翌日、女房たちのもとに申し送った歌である。笛の音が万代までもと聞こえたのに、山までが答えるような心地がした、と詠む。曲名の「万歳楽」に寄せて、笛の音が万代を祝うように響き、それに山までが応じたと詠み、天皇の笛の見事さと御代の長久を讃えている。漢の武帝の時、嵩山で万歳を唱える声が聞こえたという故事を踏まえる。
 作者の「右おほいまうちきみ」は藤原実定である。右大臣藤原公能の子で、本集の撰集当時は右大臣であり、のちに左大臣に至って後徳大寺左大臣と呼ばれた。小倉百人一首にも歌が採られている。
 本巻の第六百二十二首も、山から八千代の声が聞こえると詠み、同じ故事を踏まえている。

 初句「笛の音の」は、高倉天皇の吹く笛の音が、の意である。
 二句「万代までと」は、曲名の「万歳楽」を和らげて詠み込み、万代までもと、の意である。
 三句「聞こえしを」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、聞こえたのに、の意である。
 四句「山も答ふる」は、山までが答える、の意で、嵩山の万歳の声の故事を踏まえ、笛の音に山がこだまして万歳を唱えるさまを思わせる。第六百二十二首の四句「山は八千代の」と共通する発想である。
 結句「心地せしかな」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞で、そのような心地がしたことだ、の意である。

まんざいらく:雅楽の曲名。祝賀の折に奏された
うけたまはる:お聞きする、拝聴する
作者
藤原実定
出典
千載和歌集
前の歌
万代も住むべき宿に植ゑつれば 松こそ君が陰を頼まめ
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群れてゐる鶴の気色にしるきかな 千歳すむべき宿の池水