群れてゐる鶴の気色にしるきかな
千歳すむべき宿の池水
- 歌の意味
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群れている鶴の様子にはっきりと表れていることだ。千年も澄み続け、主が住み続けるはずのこの宿の池の水であることが。
- 鑑賞
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巻第十 賀歌 631
詞書「入道右大臣、初めて中院の家に住み侍りける時、祝ひの心を詠める」
入道右大臣が初めて中院の邸に住んだ時に、祝いの心を詠んだ歌である。群れている鶴の様子にはっきり表れている、千年もすむはずの宿の池水であることが、と詠む。長寿の鶴が池に群れ集うさまに、新しい邸が千年も栄えることの兆しを見て、主の転居を祝っている。入道右大臣は、中院の家とあることから、中院右大臣と呼ばれた源雅定を指すとみられる。
作者の「修理大夫顕季」は藤原隆経の子である。修理大夫を務め、白河院の近臣として仕えた。六条藤家の祖で、柿本人麻呂の像を祀る人麻呂影供を始めたことで知られる。
本巻の第六百十三首も「千歳すむ池の汀の」と、千年すむ池を詠んでいる。また第六百二十四首、第六百二十七首から鶴を詠む歌が続く。
初句「群れてゐる」は、群れ集まっている、の意である。
二句「鶴の気色に」の「気色」は様子、ありさまの意である。鶴は千年の寿命を持つとされた。第六百二十三首の四句「気色異なる」と同じ語である。
三句「しるきかな」の「しるき」は形容詞「しるし」の連体形で、はっきりわかる、の意である。「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなり、四句以下と倒置の関係にある。
四句「千歳すむべき」の「すむ」は、池の水が澄む意の「澄む」と、主が住み続ける意の「住む」を掛ける。本巻の第六百十三首の初句「千歳すむ」と共通する。
結句「宿の池水」は、主の邸の池の水、の意で、体言止めである。
すむ:水が澄む意と、住む意を掛ける
たづ:鶴の歌語
- 作者
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藤原顕季
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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笛の音の万代までと聞こえしを 山も答ふる心地せしかな
- 次の歌
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瑞垣の桂を移す宿なれば 月見んことぞ久しかるべき