思ひ寝の夢に慰む恋なれば
逢はねど暮れの空ぞ待たるる
- 歌の意味
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恋しい人を思いながら寝て見る夢によって慰められる恋なので、逢えはしないけれども、日の暮れる空が自然と待たれることだ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 898
詞書は前の歌に続き「摂政、右大臣の時、家の歌合に恋の心を詠める」
前歌と同じく、藤原兼実が右大臣であった時の家の歌合で、恋の心を詠んだ歌である。思い寝の夢に慰められる恋なので、逢わないけれど暮れの空が待たれる、と詠む。現実には逢えない恋であるが、恋しい人を思いながら寝ると夢で逢えるので、その夢を見るために夜を待つ心から、日が暮れることさえ待ち遠しくなると、夢を頼みとする恋のせつなさを表している。本来は恋人の訪れを待つ夕暮れを、夢を見るための夜を待つ時として詠み替えた点に工夫がある。
作者の「摂政家丹後」は宜秋門院丹後である。源頼行の娘で、九条兼実の家に仕えて摂政家丹後と呼ばれ、のちに兼実の娘である宜秋門院任子に仕えた。
前歌の第八百九十七首と同じ歌合の恋の歌である。前歌が来世まで待つことを詠むのに対し、本歌は日暮れを待つことを詠む。本巻の第八百七十三首は「夕暮の空」、第八百八十四首は「明け暮れの空」と、暮れの空を詠む歌が巻中に配されている。また第八百七十六首、第八百九十九首とともに、夢の中の逢瀬を詠む歌である。
初句「思ひ寝の」の「思ひ寝」は恋しい人を思いながら寝ることである。
二句「夢に慰む」の「慰む」は心が晴れる意で、夢によって慰められる、の意である。
三句「恋なれば」の「ば」は順接の確定条件で、恋であるので、の意である。
四句「逢はねど暮れの」の「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形、「ど」は逆接の接続助詞で、逢わないけれど、の意である。本巻の第八百七十三首の「夕暮の空」、第八百八十四首の「明け暮れの空」と同じく暮れの空を詠む。
結句「空ぞ待たるる」の「ぞ」は強意の係助詞で、「るる」と連体形で結ぶ。「るる」は自発の助動詞「る」の連体形で、自然と待たれる、の意である。前歌の第八百九十七首の三句「待つべきを」と同じく「待つ」を詠む。
おもひね:恋しい人を思いながら寝ること
なぐさむ:心が晴れる、気がまぎれる
- 作者
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宜秋門院丹後
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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逢ふことは身を変へてとも待つべきを 世々を隔てんほどぞ悲しき
- 次の歌
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恋ひわびてうち寝る宵の夢にだに 逢ふとは人の見えばこそあらめ