憂かりける世々の契りを思ふにも
つらきは今の心のみかは
- 歌の意味
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つらいものであった前世からの宿縁を思うにつけても、つれないのは今のあの人の心だけであろうか。いや、前の世からの因縁もまたつらいのだ。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 919
詞書は前の歌に続き「百首歌たてまつりける時、恋の歌とて詠める」
前歌と同じ百首歌の恋の歌である。つらかった世々の契りを思うにつけても、つれないのは今の心だけであろうか、と詠む。「世々の契り」は前世から定められた宿縁のことで、恋がうまくいかないのは今の相手の心だけのせいではなく、前世からの因縁によるのだと、仏教の宿世の考えに思いを及ぼして、恋の憂さを深く嘆いている。
作者の「上西門院兵衛」は神祇伯源顕仲の娘である。待賢門院堀河の妹で、待賢門院に仕え、のちにその皇女の上西門院統子内親王に仕えた。久安百首の作者の一人である。
一連の二首目で、姉の待賢門院堀河の前歌に続く。前歌が「我が心さへ」と自分の心の変化を嘆いたのに対し、本歌は「今の心のみかは」と、心を前世からの因縁の中に置いて詠んでいる。
初句「憂かりける」の「憂かり」は形容詞「憂し」の連用形、「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形で、つらいものであった、の意である。
二句「世々の契りを」の「世々の契り」は前世から続く宿縁をいう。本巻の第九百二十八首の結句「身の契りかな」も、宿縁としての契りを詠む。
三句「思ふにも」は、思うにつけても、の意である。本巻の第九百八首の三句と同じ句である。
四句「つらきは今の」の「つらき」は薄情である、つれない、の意で、「今」は二句の「世々」と対をなす。
結句「心のみかは」の「のみ」は限定の副助詞、「かは」は反語の係助詞で、心だけであろうか、いやそうではない、の意である。前歌の第九百十八首の四句「我が心さへ」と「心」の語で応じる。
よよのちぎり:前世から続く宿縁
- 作者
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上西門院兵衛
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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憂き人を偲ぶべしとは思ひきや 我が心さへなど変はるらん
- 次の歌
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知るなれば如何に枕の思ふらん 塵のみ積もる床の気色を