惜しみかねげに言ひ知らぬ別れかな
月も今はの有明の空
- 歌の意味
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惜しんでも惜しみきれず、本当に言いようもないほどつらい別れであることよ。月も今はもう沈もうとしている、有明の空の下で。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 946
詞書「題しらず」
惜しみきれず、本当に言いようもない別れであることよ、月も今はこれまでの有明の空に、と詠む。夜を共にした恋人との明け方の別れは、どれほど惜しんでも惜しみきれず、言葉にしようもないほどつらい。空には有明の月が今にも沈もうとしていて、別れの時が来たことを告げていると、後朝の別れのつらさを有明の月の景に託して詠んでいる。なお本文の二句は「けにいひしらぬ」とあり、読み仮名の行の「けにしひしらぬ」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
作者の「摂政前右大臣」は九条兼実である。関白藤原忠通の子で、九条家の祖となった。右大臣を経て摂政、関白を務め、日記「玉葉」を残した。
本巻の第九百七首「有明の月見ずひまに」と、有明の頃の別れを詠む点で通う。第九百七首が月を見る間もなく帰っていった恋人の名残を待つ側から詠むのに対し、本歌は沈もうとする月を見ながら惜しむ別れを詠んでいる。また第九百四十九首も「秋の別れ」を詠む。
初句「惜しみかね」の「かね」は、しようとしてもできない意の「かぬ」の連用形で、惜しんでも惜しみきれず、の意である。
二句「げに言ひ知らぬ」の「げに」は本当に、まことに、の意、「言ひ知らぬ」は言いようもない、の意である。
三句「別れかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、別れであることよ、の意である。ここで句切れとなる。本巻の第九百四十九首の二句「秋の別れに」と「別れ」の語を共有する。
四句「月も今はの」の「今は」は今はこれまで、最後の時、の意で、別れの時と月が沈む時とを重ねる。
結句「有明の空」は、夜が明けても月が残る明け方の空をいい、体言止めで余韻を残す。本巻の第九百七首の初句「有明の」と共通する。
をしみかぬ:惜しんでも惜しみきれない
いまは:今はこれまで、最後の時
ありあけ:夜が明けても月が残っている頃
- 作者
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九条兼実
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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なほざりのそら頼めとて待ちし夜の 苦しかりしぞ今は恋しき
- 次の歌
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恋ひわぶる心は空に浮きぬれど 涙の底に身は沈むかな