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恨むべき心ばかりはあるものを
なきになしても訪はぬ君かな

歌の意味
あなたを恨むことのできる心だけは、まだ私にあるというのに。私をいないも同然のものとして、訪れてもくれないあなたであることよ。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 958

詞書「題しらず」
 恨むべき心だけはあるのに、私をないものとして訪れてもくれないあなたであることよ、と詠む。身はあってないようなものとなっても、相手を恨む心だけは確かに残っているのに、相手は自分をまるで存在しないかのように扱い、訪れてもくれないと嘆いている。恨む心のあることを盾に取って、相手の冷淡さを責める歌である。
 作者の「和泉式部」は越前守大江雅致の娘である。和泉守橘道貞の妻となって小式部内侍を生み、のち為尊親王、敦道親王と恋愛関係を結んだ。上東門院彰子に仕え、情熱的な恋の歌で知られる。小倉百人一首にも歌が採られている。
 恋歌五の巻末の一首であり、千載和歌集の恋の部を締めくくる歌でもある。巻頭の第九百四首は相模の「うたた寝にはかなく覚めし夢をだに」で、夢でさえ逢えない嘆きを詠んでいた。巻末の本歌は現実にも訪れのない恋人を恨む歌で、逢えない恋の嘆きによって巻の始めと終わりが呼応している。また本巻の第九百十六首、第九百五十四首は恨んだことを悔やむ歌であったが、本歌は恨む心のあることを盾に相手を責めて巻を閉じている。

 初句「恨むべき」の「べき」は可能の助動詞「べし」の連体形で、恨むことのできる、の意である。本巻の第九百十六首の初句「恨みずは」、第九百五十四首の四句「恨みしことぞ」と、恨むことを詠む点で通う。
 二句「心ばかりは」の「ばかり」は限定の副助詞で、心だけは、の意である。
 三句「あるものを」の「ものを」は逆接の接続助詞で、あるというのに、の意である。
 四句「なきになしても」の「なきになす」は、ないものとして扱う意で、三句の「ある」と対をなす。「ても」は、そのようにしてまで、の意を添える。
 結句「訪はぬ君かな」の「訪ふ」は訪れる意、「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞で、訪れてもくれないあなたであることよ、の意である。巻頭の第九百四首が夢でさえ逢えない嘆きを詠んだのに対し、現実に訪れのない嘆きで巻を結ぶ。

とふ:訪れる、訪ねる
なきになす:ないものとして扱う
作者
和泉式部
出典
千載和歌集
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