天の川空行く月は一つにて
宿らぬ水のいかでなからん
- 歌の意味
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天の川の流れる空を渡っていく月はただ一つであるが、その月の影が宿らない水などどうしてあろうか、どこの水にも映るのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 982
詞書「月の歌あまた詠ませ侍りける時、詠み侍りける」
前歌と同じく、月の歌を多く詠ませた時に詠んだ歌である。空を渡っていく月はただ一つであるのに、その影が宿らない水などどうしてあろうか、と詠む。一つの月があらゆる水に影を映すという趣向で、月の光のあまねさをたたえている。一つの月がすべての水に影を宿すという発想は、仏の教えのたとえとしても用いられるものである。
作者の「法性寺入道前太政大臣」は藤原忠通である。藤原忠実の子で、鳥羽、崇徳、近衛、後白河の四代にわたって摂政、関白をつとめ、太政大臣にのぼった。晩年に出家して法性寺に住んだ。小倉百人一首にも歌が採られている。
前歌の第九百八十一首の「月ひとり」が荒れた古都に月だけが残るさまを詠むのに対し、本歌の「月はひとつ」はその一つの月があらゆる水に宿るさまを詠み、一つの月をめぐって寂しさとあまねさが対をなしている。
初句「天の川」は、夜空を流れる天の川で、月の渡る空を表す。
二句「空行く月は」は、空を渡っていく月は、の意である。
三句「一つにて」は、ただ一つであって、の意である。前歌の第九百八十一首の結句「月ひとりすむ」と応じる。
四句「宿らぬ水の」の「宿る」は、月の影が水に映る意で、月の映らない水が、の意である。
結句「いかでなからん」の「いかで」は反語で、「ん」は推量の助動詞「む」の連体形である。どうしてないことがあろうか、どの水にも映る、の意となる。
やどる:月の影が水などに映る
- 作者
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藤原忠通
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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ささなみや国つ御神のうらさびて 古き都に月ひとりすむ
- 次の歌
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ひとりゐて月をながむる秋の夜は 何事をかは思ひ残さん