飽かなくに又もこの世にめぐり来ば
面変はりすな山の端の月
- 歌の意味
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見飽きることもないうちに別れていくが、もしまたこの世に巡ってきて会うことがあるならば、姿を変えないでおくれ、山の端の月よ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 996
詞書「都を離れて遠くまかること侍りける時、月を見て詠み侍りける」
都を離れて遠い地へ下ることになった時、月を見て詠んだ歌である。まだ見飽きないのに別れるが、またこの世に巡り来ることがあれば、面変わりしないでくれ、山の端の月よ、と詠む。再び都に帰れるかもわからない旅立ちに際し、月が空を巡ってまた出るように自分も巡り帰ってくることを願い、その時まで変わらずにいてほしいと月に呼びかけている。
作者の「法印静賢」は藤原通憲の子である。父の通憲は信西と号した。平治の乱で父が討たれたのち一時配流されたが、のちに許されて法印に至った。
四句「面変はりすな」は、本巻の第千二十二首の結句「面変はりすな」と同じ句で、また巻末の第千五十一首の四句「面変はりせぬ」とも呼応している。
初句「飽かなくに」の「なく」は打消しの助動詞「ず」の古い活用形で、「に」は逆接を表し、まだ見飽きないのに、の意である。
二句「又もこの世に」は、再びこの世に、の意である。
三句「めぐり来ば」の「めぐる」は、月が空を巡る意と、自分が巡り帰る意を重ね、「ば」は仮定条件で、巡り来るならば、の意である。
四句「面変はりすな」の「な」は禁止の終助詞で、姿を変えるな、の意である。本巻の第千二十二首の結句と同じ句である。
結句「山の端の月」は、山の稜線にかかる月で、呼びかけの体言止めとなっている。
おもがはり:顔つきや姿が変わること
やまのは:山の稜線、空と接するあたり
めぐる:巡り帰る、月が空を巡る
- 作者
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静賢
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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もろともに見し人いかになりにけん 月は昔に変はらざりけり
- 次の歌
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はかなくもわがよの更けを知らずして いさよふ月を待ちわたるかな