思ひ出のあらば心もとまりなん
厭ひやすきは憂き世なりけり
- 歌の意味
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もし心に残る思い出があるならば、心もこの世にとどまることだろう。厭いやすいのは、そうした思い出もないこの憂き世であったことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1108
詞書「述懐の心を詠み侍りける」
述懐の題で詠んだ歌である。思い出があるならば心もとどまるだろう、厭いやすいのは憂き世であったことだ、と詠む。この世に心をつなぎとめるほどの楽しい思い出があれば、世を離れがたくもなるだろうが、つらいことばかりの憂き世であるから、かえってたやすく厭い捨てることができると、逆説的に世を厭う心を述べている。
作者の「仁和寺法親王(守覚)」は守覚法親王である。後白河天皇の第二皇子で、仁和寺に入って御室となった。和歌を好み、多くの歌人と交わった。
本巻の第千百三十五首の四句「心とまりし」と、「心とまる」を共有する。本歌が思い出がなければ心はとどまらないと詠むのに対し、第千百三十五首は草の庵に心がとどまったことを詠んでいる。
初句「思ひ出の」は、心に残る楽しい思い出が、の意である。
二句「あらば心も」は、あるならば心も、の意で、未然形に「ば」が付いて仮定を表す。
三句「とまりなん」の「な」は強意の助動詞「ぬ」の未然形、「ん」は推量の助動詞「む」で、とどまるだろう、の意である。ここで句切れとなる。本巻の第千百三十五首の四句「心とまりし」と「心とまる」を共有する。
四句「厭ひやすきは」は、厭いやすいのは、の意である。
結句「憂き世なりけり」の「けり」は詠嘆で、憂き世であったことだと気づいた思いを表している。
いとふ:嫌って避ける、いとわしく思う
- 作者
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守覚法親王
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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跡絶えて世をのがるべき道なれや 岩さへ苔の衣着てけり
- 次の歌
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宿りする岩屋の床の苔むしろ 幾夜になりぬ寝こそ寝られね