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茅花生ひし小野の芝生の朝露を
ぬき散らしける玉かとぞ見る

歌の意味
茅花が生えていた野の芝生に置く朝露を、糸から抜けて散らばった玉かと見ることだ。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1187

詞書「崇徳院に百首歌奉りける時、秋の歌とて詠める」
 崇徳院に百首歌を奉った折、秋の歌として詠んだものである。茅花の生えていた野の芝生の朝露を、抜き散らした玉かと見る、と詠む。芝生に散らばる露の粒を、緒を抜いて散らした玉に見立て、「ぬき」に、茅花を抜く意を響かせたところに誹諧の趣がある。
 作者の「花薗左大臣家小大進」は花園左大臣源有仁の家に仕えた女房で、菅原在良の娘である。
 誹諧歌の一連の八首目である。

 初句「茅花生ひし」は六音の字余りである。「茅花」はチガヤの花穂で、若い穂を抜いて食べた。「生ひし」は生えていた、の意である。
 二句「小野の芝生の」の「小野」は野の美称で、「芝生」は芝の生えている所である。
 三句「朝露を」は、前歌の第千百八十六首の初句「朝露を」と同じ句である。前歌が日が高くなって消えた露を詠んだのに対し、本歌は芝生に散らばる露を詠み、消えた露と残る露とで対をなしている。
 四句「ぬき散らしける」の「ぬき」は、玉を緒から抜く意と、茅花を抜く意とを掛けている。
 結句「玉かとぞ見る」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形の「見る」で結ぶ。露を玉に見立てている。

つばな:チガヤの花穂、若い穂を抜いて食べた
ぬく:玉を緒から抜く意と、茅花を抜く意とを掛ける
をの:野の美称
しばふ:芝の生えている所
作者
花園左大臣家小大進
出典
千載和歌集
前の歌
朝露を日たけて見れば跡もなし 萩の末葉にものや問はまし
次の歌
落ちにきと語らば語れ女郎花 今宵は花の陰に宿らん