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呉竹のむなしと説ける言の葉は
三世の仏の母とこそ聞け

歌の意味
呉竹の中が空であるように、一切は空であると説く般若の言葉は、三世の仏の母であると聞いている。
鑑賞
巻第十九 釈教歌 1228

詞書「摂政前右大臣家に百首歌詠ませ侍りける時、法文の歌の中に、般若経の心を詠める」
 九条兼実の家で百首歌を詠ませた折、法文の歌の中で般若経の心を詠んだ歌である。むなしと説いた言葉は三世の仏の母と聞く、と詠む。般若経は一切が空であると説き、その智恵である般若は、あらゆる仏を生み出す母であるとされる。中が空洞の呉竹を「むなし」の枕に置き、「言の葉」の「葉」を竹の縁語とした技巧のうちに、般若の教えの尊さを詠んでいる。
 作者の「藤原隆信朝臣」は藤原為経の子で、母は美福門院加賀である。母が藤原俊成に再嫁したことから、藤原定家の異父兄にあたる。肖像画の似絵の名手として知られた。
 本巻の第千二百二十三首と同じく兼実家の百首歌の折の歌で、次歌の第千二百二十九首も同じ百首の歌である。「むなし」の語は、次歌の第千二百二十九首、第千二百三十首、第千二百三十三首にも見え、空の教えを詠む歌が連なっている。

 初句「呉竹の」の「呉竹」は竹の一種で、中が空洞であることから二句の「むなし」を導いている。
 二句「むなしと説ける」は、空であると説いた、の意で、般若経の空の教えを言う。「る」は完了の助動詞「り」の連体形である。本巻の第千二百三十三首の四句「むなしと説ける」と同じ句である。
 三句「言の葉は」は、経の言葉は、の意で、「葉」は初句の「呉竹」の縁語となっている。
 四句「三世の仏の」は、過去、現在、未来のあらゆる仏の、の意である。
 結句「母とこそ聞け」の「母」は、般若の智恵がすべての仏を生み出すことを言い、「こそ」は強意の係助詞、已然形の「聞け」で結ぶ。三句の「葉は」と「母」の音が響き合っている。

くれたけ:竹の一種、中が空洞であることから「むなし」を導く
はんにやきやう:一切が空であることを説く大乗仏典
作者
藤原隆信
出典
千載和歌集
前の歌
ひとりのみ苦しき海を渡るとや 底を悟らぬ人は見るらん
次の歌
むなしきも色なるものと悟れとや 春の御空の緑なるらん