ひとりのみ苦しき海を渡るとや
底を悟らぬ人は見るらん
- 歌の意味
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自分ひとりだけが苦しみの海を渡っていると、その奥底を悟らない人は見ているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1227
詞書「法華経弟子品、内秘菩薩行の心を詠み侍りける」
法華経五百弟子受記品の、内に菩薩の行を秘める、という句の心を詠んだ歌である。経には、富楼那らの弟子は、外には自らの悟りだけを求める声聞の姿を現しながら、内には衆生を救う菩薩の行を秘めていると説かれる。ひとりだけ苦しい海を渡ると、底を悟らない人は見るのだろうか、と詠み、表向きは自分ひとりが苦海を渡るように見えても、その心の奥には人々を救う願いが秘められていることを、海の底にたとえて詠んでいる。
作者の「左近中将良経」は九条良経である。九条兼実の子で、のちに摂政太政大臣に至った。後京極摂政と呼ばれ、『新古今和歌集』の仮名序を書いた。
初句「ひとりのみ」は、自分ひとりだけ、の意で、自らの悟りのみを求める声聞の姿を言う。
二句「苦しき海を」の「苦しき海」は、苦しみに満ちた生死の世界を海にたとえたもので、苦海のことである。
三句「渡るとや」の「渡る」は苦海を渡って悟りの岸に至る意で、「や」は疑問の係助詞、結句の「らん」で結ぶ。本巻の第千二百五十五首の二句「渡さむと思ふ」と照らし合う。
四句「底を悟らぬ」の「底」は、海の底の意に心の奥底の意を重ね、内に秘めた菩薩の行を言う。
結句「人は見るらん」の「らん」は現在推量の助動詞「らむ」の連体形で、係り結びの結びとなる。
くかい:苦しみに満ちた生死の世界を海にたとえた語
しやうもん:仏の教えを聞いて自らの悟りを求める修行者
- 作者
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九条良経
- 出典
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千載和歌集
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君が名ぞなほ現れん降る雪に 昔の跡は埋もれぬとも
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呉竹のむなしと説ける言の葉は 三世の仏の母とこそ聞け