春日野に生ふる若菜を見てしより
心を常に思ひやるかな
- 歌の意味
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春日野に生える若菜を見てからというもの、いつも心をそちらへ思いやっていることだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 13
詞書「師走ばかりに、大和へ事につきて罷りけるほどに、宿りて侍りける人の家の娘を思ひかけて侍りけれど、やむごとなきことによりて罷り上りにけり、明くる春親のもとにつかはしける」
大和で心を寄せた娘を春日野の若菜にたとえ、都に戻ってからも絶えず思いを馳せていると、その親に伝えた歌である。若菜という初々しい言葉に、娘への思いを控えめに託している。
詞書によれば、作者は十二月ごろ用事で大和へ下り、宿を借りた家の娘に思いを寄せたが、大切な用事のため都へ上ってしまった。翌春、その娘の親のもとへ贈った歌である。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、甲斐少目や和泉大掾などを歴任した。三十六歌仙の一人である。
初句「春日野に」は、大和の春日野を示し、娘のいる大和の地を表している。春日野は本巻の第八首や第十五首にも詠まれている。
二句「生ふる若菜を」は、春日野に生える若菜を示し、ここでは娘をたとえている。
三句「見てしより」は、見てからというもの、の意で、娘を見そめたときからを表す。
四句「心を常に」は、絶えず心を向けていることを示す。
結句「思ひやるかな」の「思ひやる」は遠く離れた所へ思いを馳せる意で、「かな」は詠嘆を表す。
おもひやる:遠く離れた所へ思いを馳せる
おもひかく:心を寄せる、恋い慕う
やむごとなし:捨て置けない、大切である
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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吹く風や春立ち来ぬと告げつらん 枝にこもれる花咲きにけり
- 次の歌
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萌え出づる木の芽を見ても音をぞ泣く かれにし枝の春を知らねば