桜花今日よく見てむ呉竹の
ひとよのほどに散りもこそすれ
- 歌の意味
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桜の花を今日こそよく見ておこう。呉竹の一節のように短いひと夜のうちに、散ってしまうと困るから。
- 鑑賞
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巻第二 春歌中 54
詞書「前栽に竹の中に桜の咲きたるを見て」
庭の竹の中に咲いた桜を見て、ひと夜のうちに散ってしまうかもしれないから今日のうちによく見ておこうと詠んだ歌である。竹の節を表す「よ」に「夜」を掛け、竹と桜の取り合わせを機知的に生かしている。
詞書によれば、庭の植え込みの竹の中に桜が咲いているのを見て詠んだものである。
作者の坂上是則は坂上田村麻呂の子孫とされ、大和権少掾などを経て加賀介に至った。後撰和歌集の撰者坂上望城の父である。三十六歌仙の一人である。
初句「桜花」は、竹の中に咲いた桜を示す。
二句「今日よく見てむ」の「てむ」は強い意志を表し、今日のうちによく見ておこう、の意である。ここで句切れとなる。
三句「呉竹の」は、竹の節の意の「よ」を導く枕詞である。詞書の庭の竹を、そのまま歌の言葉に取り入れている。本巻の第四十八首にも竹が詠まれている。
四句「ひとよのほどに」の「ひとよ」は、竹の「一節」と「一夜」を掛けた掛詞である。竹の節と節の間の短さに、一夜の短さを重ねている。
結句「散りもこそすれ」の「もこそ」は、〜すると困る、という懸念を表し、已然形「すれ」と係り結びをなす。前歌の第五十三首が散るまいと安心して見たのに対し、本歌は散るのを恐れて今のうちに見ておこうとしており、対をなしている。
ひとよ:竹の節と節の間をいう「一節」と、「一夜」を掛ける
くれたけ:中国渡来とされる竹、淡竹
せんざい:庭の植え込み、また植え込みの草木
- 作者
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坂上是則
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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吹く風をならしの山の桜花 のどけくぞ見る散らじと思へば
- 次の歌
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桜花にほふともなく春来れば などかなげきの茂りのみする