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桜花にほふともなく春来れば
などかなげきの茂りのみする

歌の意味
桜の花が咲き匂うような喜びもないのに、春が来ると、どうして嘆きばかりが木の茂るように増していくのだろうか。
鑑賞
巻第二 春歌中 55

詞書「題しらず」
 春が来ても我が身には花の咲くような喜びはなく、ただ嘆きばかりが茂っていくと詠んだ歌である。「なげき」に「木」を響かせ、草木が茂る春の景物に、増していく嘆きを重ねている。
 作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。

 初句「桜花」は、春を代表する花を示し、我が身の喜びをたとえている。
 二句「にほふともなく」の「にほふ」は花が美しく咲き映える意で、そのような花やぎもないのに、の意を表す。
 三句「春来れば」は、春が来ると、の意で、四句の嘆きへと続いていく。本巻の第六十二首は同じ「春来れば」を初句に置いている。
 四句「などかなげきの」の「などか」は、どうして〜か、と疑問を表し、結句の連体形「する」と呼応する。「なげき」は「嘆き」と、薪にする木の「投げ木」を掛けた掛詞で、本巻の第六十五首や第六十六首でも同じ掛詞が用いられている。
 結句「茂りのみする」の「茂り」は「投げ木」の縁語で、春の木々が茂るように嘆きばかりが増していくことを表す。

なげき:「嘆き」と、薪にする木の「投げ木」を掛ける
作者
よみ人しらず
出典
後撰和歌集
前の歌
桜花今日よく見てむ呉竹の ひとよのほどに散りもこそすれ
次の歌
今日桜雫に我が身いざ濡れむ 香ごめに誘ふ風の来ぬ間に