- 歌の意味
-
桜の花よ、主である私を忘れないのならば、こちらへ吹いて来る風に、便りを託してよこしておくれ。
- 鑑賞
-
巻第二 春歌中 57
詞書「家より遠き所にまかる時、前栽の桜の花に結ひつけ侍りける」
遠い地へ旅立つにあたり、庭の桜に、主を忘れないなら吹いて来る風に便りを託してほしいと呼びかけた歌である。住み慣れた家と庭の花への名残惜しさが、花に語りかける形で切実に表されている。
詞書によれば、家から遠い所へ行くときに、庭の植え込みの桜の花に結びつけた歌である。作者が大宰府へ左遷された折の詠と考えられ、拾遺和歌集に見える「東風吹かばにほひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな」と同じ趣向をもつ。
作者の「菅原右大臣」は菅原道真である。菅原是善の子で、学者として重んじられ、宇多天皇、醍醐天皇に仕えて右大臣に至った。のちに大宰権帥に左遷され、配所で没した。
初句「桜花」は呼びかけで、庭の桜を人のように見立てて語りかけている。
二句「主を忘れぬ」の「主」は桜の持ち主、すなわち作者自身を指す。
三句「ものならば」は、〜であるならば、の意で、仮定の条件を示す。
四句「吹き来む風に」の「む」は推量で、こちらへ吹いて来るであろう風に、の意である。前歌の第五十六首が花を散らす風を恐れたのに対し、本歌は風を便りの使いとしており、対照をなしている。
結句「言伝はせよ」の「言伝」は人に託して伝える言葉で、「せよ」は命令形である。風に便りを託してよこしてほしいと願っている。本巻の第六十一首の「人づて」とも通じている。
ことづて:人に託して伝える言葉、伝言
まかる:行く
ゆひつく:結びつける
- 作者
-
菅原道真
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
今日桜雫に我が身いざ濡れむ 香ごめに誘ふ風の来ぬ間に
- 次の歌
-
青柳の糸縒りはへて織る機を いづれの山の鴬か着る